なぜこの世に悪が存在するのか?中学2年生も一発!で納得する説明

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親愛なる読者諸君!

オタクパパだ!

前回、小学生を対象に

なぜ、この世に悪が存在するのか?

という哲学的な問題について、ざっくり説明した。

なぜこの世に悪が存在するのか?小学生も一発!で納得する説明
親愛なる読者諸君! オタクパパだ! 今回は、 小学生も一発!で 納得シリーズ だ。 このシリーズでは、 見た目...

ところで、悪の問題について、次のような疑問を感じた人も多いのではないだろうか?

この世に神がいるなら

なぜ悪が存在するのか?

これはもっともな疑問だ。

また、大人社会の価値観に疑問をもちはじめた中学2年生なら、次のようにいうかもしれない。

中学2年生

「神なんていねーよ!

 ウソだと思うなら

 まわりを見てみろよ!

 世の中、悪だらけじゃねーか!

 完全無欠な神がいるなら

 そもそも悪なんて

 作らなかったはずだ!

 だが、実際には

 この世界は

 どこもかしこも

 悪だらけだ!

 だから、神なんて

 この世界にいねーんだよ!

このような疑問を感じたあなたは、

立派な中二病

といえるだろう。

というわけで、今回は、

見た目はオッサン

心は重度の中二病

のオタクパパが、中学2年生でも一発で理解できるように、

悪の本質

について分かりやすく解説しよう。

(↓)見た目はオッサン、心は重度の中二病のオタクパパ。

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偉い人の模範回答に中学2年生が納得できない理由

この世に神がいるなら

なぜ悪が存在するのか?

実は、この疑問に対しては、これまで宗教の教祖や哲学者などの偉くて立派な大人たちが、さまざまな模範解答を提示してきた。

だが、彼ら偉くて立派な大人たちの回答は、どちらかといえば、道徳的・観念的・抽象的で、煙に巻いたような回答が多い。

例えば、

偉い人

「神さまは人間を強くするため

 試練を与えるべく

 あえて悪をお作りになられました」

という回答がある。

このような説明は、純粋な小学生なら素直に納得するかもしれない。

だが、大人社会の価値観に疑問をもちはじめた中学2年生には、とうてい納得できないのではないだろうか?

中学2年生

「神が完ぺきだったら

 そんな回りくどいことせずに

 最初から出来杉君みたいな

 完ぺき超人の人間を

 作ればすむ話だろ!」

私自身、重度の中二病なので、このように突っ込みたくなる気持ちはよく理解できる。

また、

偉い人

「悪魔が知恵の実を

 食べるよう

 人間を誘惑して

 悪の道にそそのかしたのです」

とう説明もあるかもしれない。

だが、中学2年生なら即座に

中学2年生

「それならなんで神は

 悪魔を作ったんだよ?

 自分で制御できない

 悪魔を作った時点で

 完ぺきじゃないだろ!

と激しくツッコむだろう。

このように、

偉くて立派な大人達の

宗教的・道徳的な説明は

矛盾だらけであり

中学2年生から見ても

突っ込みどころが満載

なのだ。

むしろ、最近の漫画家のほうが、よっぽどつじつまのあった納得のいくストーリーを作れるのではないだろうか?

悪が生まれるプロセス

ところで、前回、小学生向けの解説において、歴史的な考察をもとに

悪は、価値観のアップデートによって生まれる

ということを説明した。

ここで、悪が生まれるプロセスについて、もう一度簡単におさらいしておこう。

この考え方では、

人間の価値観は

科学技術や学問の発達により

絶えずアップデートされている

という点に着目する。

この価値観のアップデートを図解で示すと、次のようになる。

価値観1.0

  ↓ アップデート

価値観2.0

  ↓ アップデート

価値観3.0

  ↓ アップデート

(以下、同じように続く)

これから、悪が生まれるプロセスは、次の3段階のプロセスを経ることが分かる。

1.もともとの社会には、悪は存在していなかった。

 みんな共通の価値観1.0をもっていた

2.科学技術や学問が進歩した結果、人類はより高くて広い視点を獲得した。

 社会の価値観が1.0から2.0へとアップデートした

3.社会全体の価値観が2.0へとアップデートした結果、古い価値観1.0をもった人間や組織が「悪」として、はっきり認識されるようになった

これが悪が誕生する大まかなプロセスだ。

悪は「価値観の相対化」から生まれる

弱肉強食の価値観の結果生まれた身分制や奴隷制の否定戦前の日本の軍国主義の否定など、これまで悪認定されたさまざまな歴史的な事例が、上のプロセスによって説明できる。

実際、学問や科学技術が進展し、書物やメディアなどを通じて人々の間に知識が広がり、新しい視点を獲得した人々が

「あれ、身分制って

 なんか理不尽じゃね?」

「あれ、奴隷制って

 なんかひどくね?」

「あれ、軍国主義って

 なんかおかしくね?」

と、古い価値観に疑問を感じるようになった結果、それらの古い価値観を「悪」と認定するようになるのだ。

いうなれば、

悪は「価値観の相対化」

から生まれる

といってもいいだろう。

悪人は自分自身を「悪」とは自覚していない

また、歴史上において、悪と認定された人たちは、自分たちが悪だという自覚はなく、古い価値観の中で正しい行動をしていたと考えている。

例えば、フランス革命前のヨーロッパ諸国の王様や貴族は、弱肉強食のルールのもとで、正々堂々と戦争をして勝利した結果、身分制社会をつくりあげた。

それはちょうど、スポーツの世界で努力して金メダリストになった選手が、引退後もテレビのコマーシャルに出たり、本を出版したりと、最高の栄誉を受け続けるようなものなのだ。

彼ら王様や貴族にしてみれば、身分制社会の上位を占めて富を独占し、また、戦争で勝った報酬として数多くの奴隷を所有するのは、正当な努力の報酬として当然のことだった。

実際、フランス革命でギロチン台にかけられた王様や貴族の本音は、

「俺たちは努力して

 公平な競争に勝って

 身分制社会のトップに

 のぼり詰めたんだよ!

 それなのになんで

 努力もしなかった

 オマエら一般庶民から

 悪よばわりされないと

 いけないんだよ!」

というものだろう。

また、今はなき藤子・F・不二雄先生は、

悪の帝国の一兵士の視点

でユニークなSF短編を描いている。

このSF短編において、主人公の兵士は、悪の帝国の軍国主義のもとで戦うが、自分自身が悪だとはまったく考えていない。

この兵士はただ、ともに戦場で戦った友の悲運を悲しみ、国の将来を思い、武器をとって戦っただけなのだ。

このように、歴史上において、身分制・奴隷制・軍国主義は、もともと悪とは認識されていなかった

だが、これらの古い価値観が、自由と平等・平和主義などの新しい価値観によってアップデートされた結果、一つ残らず「悪」として認定されたのは、後の歴史が示すとおりだ。

それゆえ、正義と悪の違いは、つまるところ

アップデートされた

新しい価値観が「正義」

アップデートされる前の

古い価値観が「悪」

といえるだろう。

悪は「後付けの価値観」によって作られる

また、

悪は「後付けの価値観」

よって作られる

といってもいいだろう。

これについて、やはり藤子・F・不二雄先生がSF短編集で興味深い話を描いている。

大まかな話の流れは、次のような感じだ。

1.みんな同じルールのもとで公平に競争を始める

    ↓

2.格差が広がる

    ↓

3.競争に遅れた人たちが

「ずるい! 不公平だ!」

などと文句をいって、先行している人たちを悪者あつかいする。

これまで人類は、このようなことを何度も繰り返してきたのだ。

そして今後もまた、われわれ人類は、同じ歴史を繰り返すだろう。

この世に神がいるなら、なぜ悪が存在するのか?

さて、以上の考察を踏まえた上で、本題に入ろう。

この世に神がいるなら

なぜ悪が存在するのか?

という疑問に対し、中学2年生が、

「この世に神がいるなら

 そもそも悪は存在しないはずだ!

 だが、この世は悪だらけだ。

 これこそがこの世に

 神がいない証拠だ!」

と結論したくなるのも無理はないだろう。

だが、結論を先にいうと、事実はまったくの逆だ。

神が存在するから

悪が生まれる

のだ!

これを理解するには、次のように置き換えて考えると分かりやすいだろう。

神 → マイクロソフト社

悪 → アップグレード前のOS

具体的な例をあげて説明しよう。

例えば、コンピューター業界の神であるマイクロソフト社が、Windows95をリリースしたとしよう。

だが、マイクロソフト社は、Windows95をリリースした時点でやる気がなくなり、

「もう面倒くさくなったし

 金もかかるから

 次世代OSの開発やめるわ!」

と宣言したら、全世界のOSは、いまだにWindows95のままだろう。

このような世界においては、OSといえばWindows95がまさしく常識であり、人々はWindows95の性能に疑問すら抱かないはずだ。

これはちょうど、黒電話がスタンダードだった昭和の時代の状況に似ている。

当時の日本人は、

「遠くの人と

 会話できるようになって

 便利な世の中になったね」

と、黒電話を高く評価していた。

だが、黒電話そのものが古いとか時代遅れだという認識はまるでなかった

なぜなら、当時の日本人は黒電話しか知らなかったからだ。

平成の時代になり、携帯電話やスマホが登場してはじめて、

「黒電話って持ち運べないし

 デザインがくそダサいし

 使えねーんだよ!」

という共通認識が生まれたのだ。

これと同じように、人々がWindows95しか知らない世界では、

「Windows95ってすげーな!

 ウィンドウで直観的な操作が

 できるようになって便利だよ」

と、認識はされることはあっても、Windows95より上位のOSがそもそも存在しないため、誰もWindows95の性能に疑問すら抱かないのだ。

これと同じ理屈で、人間社会が原始社会からまったく進化しなかったとしたら、われわれ人類はいまだに弱肉強食の価値観1.0を当然の常識として受け入れ、その価値観に疑問すら感じなかったはずだ。

なぜなら、上で述べたように、悪というのは、価値観の相対化によって生じるものだからだ。

人間社会の価値観は、知識の広がりとともに、より高いレベルへと進化し続けているからこそ、価値観の相対化によって、古い価値観が悪として認識できるようになる

実際、冒頭でとりあげた中学2年生の疑問をOSの例に置き換えれば、次のようになるだろう。

中学2年生

「この世は

 古いWindows95を

 使っている奴だらけだ!

 これこそが、この世に

 神(マイクロソフト社)が

 存在していない証拠だ!

もし、この中学2年生が主張するように、コンピューター業界の神たるマイクロソフト社が本当に存在していないとすれば、比較対象となる新しいOSが一切リリースされていないため、Windows95が古いという認識すらなかったはずだ。

だが、実際には、マイクロソフト社がつねにOSをアップグレードし続けている努力をしているからこそ、Windows10が常識になった今の世の中で

「うわ! おまえまだ

 Windows95を使ってるの?

 古っ!!」

と、Windows95の古さをはっきりと認識できるのだ。

逆に、マイクロソフト社がWindows95の段階でOSの開発をやめていたら、われわれは、Windows95が古いという感覚すらつかめなかったはずだ。

これと同じように、人間社会の価値観を絶えずアップデートし続けている善意の働きがあるからこそ、われわれは原始社会の価値観1.0を悪と認識できるともいえるのだ。

いいかえれれば、

悪が存在するのは

社会の価値観が

進歩している証拠である

ともいえるだろう。

仮に、社会の価値観が、弱肉強食の価値観1.0からまったくアップデートしなかったとしたら、われわれ人類はいまだに、弱肉強食の価値観1.0を「悪」とは認識せず、弱肉強食を当然の常識と思いこんだまま、タチの悪いギャングのように他人に暴力をふるい、弱い人から略奪しまくっていただろう。

このように、あなたが

悪を悪と認識できる

のなら、それはあなた自身の価値観がアップデートされた証拠ともいえるのだ。

そして、人間社会の価値観を絶えずアップデートさせている善意の原動力を「神」と呼ぶなら、

まさしく神は存在する

のだ!

この世から悪が決して無くならない理由

次に、

なぜ、この世から悪がなくならないのか?

という疑問について考えてみよう。

結論から先にいうと、これは、社会全体の価値観が新しい価値観にアップデートしたとしても、すべての人間の価値観が自動的にアップデートされるとはかぎらないためだ。

これはOSの例でいえば、Windows10がリリースされた現在も、いまだにWindows97や98などの古いOSを使っている人間が存在するのと同じことだ。

たとえ、社会全体に

「人権が大事」

「平和が一番」

という新しい価値観が広まったとしても、ヤクザや暴力団の団員などの反社会的な人間は、いまだに弱肉強食の価値観1.0の世界に生きているのだ。

だが、ここで注意してほしいのは、彼らヤクザ者は、自分自身がどうしようもない絶対悪だとは思っていない。

なぜなら、弱肉強食の価値観1.0は本来、悪ではなく、より上位の価値観を獲得したときにはじめて、相対的に「悪」と認識できるものだからだ。

これを理解するには、自分が生まれ育った環境で、まわりの人間が全員Windows95しか使っていない状況をリアルに想像してみるといい。

生まれたときからずっとWindows95しか使っている人しかまわりに存在しないコミュニティでは、比較対象がまったく存在しないため、Windows95を使うことが「古い」という認識すら存在しない

なぜなら、Windows95が古いと認識するには、より上位のOSを経験しなければならないからだ。

だが、親から受け継いだWindows95しか知らずに満足している人間は、より上位のOSに変えようという発想すら起こらないだろう。

「いままでWindows95で

 まったく問題なかったし

 これからもずっと

 Windows95を使い続けるぞ!」

これとまったく同じ理屈で、彼らヤクザ者は、自らが生まれ育った弱肉強食の価値観1.0で問題なく生きてこられたため、上位の価値観にアップデートする必要すら感じないのだ。

それゆえ、彼らヤクザ者は、今後も弱肉強食の価値観1.0のまま生き続け、その結果、悪が存続しつづけることになるのだ。

サイコパスなどの異常人格者が存在する理由

また、サイコパスなどの異常人格者も同じ原理で説明することができる。

例えば、ブラック企業の社長などは、何百時間残業していても平気だという人が多い。

それゆえ、彼らは、

「会社のために

 何百時間も働くのは当たり前」

と新入社員に自分と同じ働き方を強要し、できなければ、

「こんな当たり前の

 こともできないのか!」

と激怒する。

要するに、

「自分ができるのだから、

 お前にできなくてどうする!」

という自分自身の価値観の押しつけなのだ。

その結果、

「なんて軟弱な奴なんだ!」

と新入社員をこきおろして、人生を強制終了するまでとことん追い詰める

新入社員からすれば、このブラック企業の社長は絶対悪のサイコパスであるようにも思えるが、当の社長は、自分が悪などという自覚はもちろんない

このブラック企業の社長は、ただ単に

「月月火水木金金」

などの国家や組織への労働奉仕を尊んだ

戦前の古い価値観

の中で生きており、労働奉仕こそが彼にとっての正義なのだ。

また、元帝国軍人が、

「昔は戦争で多くの人が

 犠牲になるのは当たり前だった」

という発言をすることがあるが、これなどもまさしく同じ原理に基づく。

彼ら元帝国軍人たちは、生まれながらにして極度の貧困の中で育ち、また、数多くの命が犠牲になる戦場で生きていたために、

人間の命が安い価値観

を常識として受け入れるようになったのだ。

その結果、平和主義の価値観が常識にいまの時代になっても、

「あの頃は、沖縄の住人が

 犠牲になっても仕方がなかった」

のような、心ない発言ができるのだ。

だが、この発言は、けっして悪意から来るのではない。

彼ら元帝国軍人たちは、人間の命が安い価値観の中で生まれ育ったため、その価値観を悪とは思わず、当然のように受け入れているだけだ。

人間というものは、ある価値観の中で生まれ育つと、それが当たり前の常識となって、他人もその価値観を受け入れられると無意識に考えてしまうものなのだ。

その結果、数多くの無実の人間を極限まで追い詰めて破滅させる。

このように、サイコパスにとっては、自分の価値観を常識として生きているだけであって、けっして自分の行為が悪だとは認識していない

ただ、

彼らの基礎となる価値観が

一般の価値観と異なるだけ

なのだ。

いまの正義も必ず「悪」になるときがくる

ところで、アップデート前の社会の価値観が悪とすると、視点を変えれば、社会の価値観のアップデートが続くかぎり、現在の正義もいつかは必ず悪に変わるともいえる。

それはちょうど、最新のOSであるWindows10も、今後のアップデートにより、いつかは必ず古いOSとして認識される時代が来るのと同じ道理だ。

そういう意味でも、

悪は永遠に

なくなることはない

といえるだろう。

サンデル教授の「正義」も「悪」になる

この問題に関連して、

「ある人を助けるために他の人を犠牲にするのは許されるか?」

という倫理学の有名な思考実験がある。

この思考実験では、線路を走っていたトロッコの制御が不能になり、前方で作業中の5人の人間に向かって猛スピードで暴走したとき、あなたがたまたま線路の分岐器のすぐそばにいたという状況を想定する。

ここで、あなたが分岐器を動かしてトロッコの進路を切り替えれば、5人は確実に助かる。

だが、その場合、切り替えた別の路線にも作業員が1人いて、その不運な作業員に向かってトロッコが猛スピードで突っこむ運命になる。

このとき、あなたはトロッコをどちらの路線に引き込むべきか、という問題だ。

トロッコ問題は、サンデル教授の正義の講義で有名だが、このトロッコ問題も、科学技術の発展に伴う価値観のアップデートにより、善悪の判断が大幅に激変する可能性がある。

例えば、IPS細胞を利用した医学の発達により、トロッコにひかれてバラバラになった人間も、一片の細胞から完全に再生できるようになった場合だ。

だが、ごく一部の人間は、IPS細胞がうまく機能せず、どんなに頑張っても復活させることができない体質の持ち主だったとする。

このような場合、IPS細胞技術で復活可能な5人の人間に向けて、分岐器を切り替えるのが正義という、新たな価値観が生まれるかもしれない。

このように、今われわれ人類が「正義」だと信じていることが、未来においては必ずしもそうではなく、科学技術や学問の発展による価値観のアップデートの仕方しだいでは、「悪」として認識される可能性が十分にあるのだ。

現代の「正義」とその行く末

最後に、

現代の正義

はどのようなものだろうか?

現代は、ブログやSNSの発達により、個人が自由に情報を発信できるようになった。

その結果、生じたのが、

価値観の相対化による

総クレーマー化社会

だ。

ブログやSNSの発達による個人の情報発信力の増大

 ↓

総クレーマー化社会(現代の正義)

最初にあげたLGBTの炎上発言や最近のキズナアイを巡るフェミニストバッシングでもわかるように、SNSの発達により個人の発言力が無視できないほどまでに高まった。

弱肉強食の項目でもお話ししたが、一般に人間の個性にはバラツキがある。

それゆえ、もっとも人数が多い平均的な集団を支持した発言をすると、左右の少数派の人間の集団からクレームを受けることになる。

また、左側の少数派を支持した発言をすると、今度は右側の少数派の集団からクレームを受けることになる。

このように、人間の個性にはバラツキがあるため、どの集団を支持しようが、必ずそれに反発する集団がいて、クレームを受けるハメになるのだ。

パソコンの例でいえば、大部分の人間がWindows10を使っているため、マイクロソフトが

「Windows98のサポートを止めます」

といったとすると、Windows98のユーザーから

「傲慢だ!

 俺たちWindows98ユーザー

 を切り捨てるのか!」

とクレームを受ける。

だが、逆にWindows98のユーザーを手厚くサポートすると、今度は他のWindows7のユーザーから

「Windows98のユーザーばっかひいきにしやがって!

 俺たちWindows7のユーザーを無視するのか!」

と、これまたクレームを受けることになる。

また、Windows98以降のユーザーを手厚くサポートすると、今度は、Windows95のユーザーから

「俺たちマイノリティは無視かよ!

 ふざけんな!」

と、クレームを受ける。

 このように、すべての集団が「自由と平等」の名のもとに、自分の主張を押し通そうとするのだ。

だが、厄介なのは、どの集団も

自分が正義

自分が正しい

と思い込んでいるので、収拾が付かなくなるのだ。

このような総クレーマー化社会は、

すべての人間が

正義になる時代

といってもいいだろう。

要するに、スマホの普及のSNSの発達により、個人の情報発信力が高まり、価値観の相対化が起こった結果、誰もが正義になり、他人にクレームをつけるようになったのだ。

これが、

現代の価値観3.0

の特徴ともいえるだろう。

だが、科学技術が進歩する以上、価値観のアップデートは避けられない。

必ず、

未来の価値観4.0

に価値観がアップデートする時代が来るはずだ。

この未来の価値観4.0がどのようなものになるのかは不明だが、個人的には、未来の価値観4.0へのアップデートは、AI技術の発達によって生じる可能性が高いのではないかと思う。

そして、社会の価値観が未来の価値観4.0にアップデートしたとき、

現代の価値観3.0は絶対悪

として認識されるようになる

だろう。

かつて昭和の時代に、テレビ番組でLGBTネタを堂々と振りまいていたとんねるずに対し、うすうす違和感を抱いていた日本人が少なからずいたように、いまの日本人も、少なくない人間が、現代の総クレーマー化社会に違和感を抱きつつある。

そして、未来の価値観4.0にアップデートしたとき、

「やっぱり現代の価値観

 3.0は悪だったんだ!」

と、誰もがはっきりと認識するようになるだろう。

ことわざにもある。

「歴史は繰り返される」

「2度あることは3度ある」

というわけで、ここで予言しておこう。

将来必ずや

現代の総クレーマー化社会と

それに加担した人間がすべて

「悪」と認定される日が来る

ことを。

どうすれば、この世から悪がなくなるのか?

最後に、どうすればこの世から悪がなくなるのかについて考えてみよう。

この問題の解決策は意外と単純だ。

要するに、社会の価値観がアップデートするとき、すべての人間の価値観が一斉にアップデートできる仕組みをつくりあげればいいのだ。

OSの例でいえば、すべてのユーザーが一斉に最新のWindowsにアップグレードできるようにすれば、Windows95やWindows98などの古いOSを使うユーザーは存在しなくなるだろう。

それと同じく、新しい社会の価値観が生まれたとき、その価値観をすべての人間が共有できる仕組みを整えるのだ。

だが、これは言うは易く行うは難しで、実現するには教育面でのサポートが不可欠だろう。

具体的には、IT技術の浸透による社会の可視化と、育児施設および高等教育の完全無償化とサポート体制の充実により、すべての家庭の子供の誰もが貧富の差にかかわらず高度な教育を受けられるようにする必要があるだろう。

個人的には、教育とAI技術が融合した新たなエデュケーショナル・テクノロジー(EduTech)が鍵を握るのではないかと思う。

AIの診断により、各人の個性に適合した最適な教育を誰でも無償で自由に受けられるようになれば、教育格差はなくなるだろう。

また、昨今問題になっているイジメや虐待、育児放棄などに対しても、監視カメラやマイクと連動したAIによって映像および音声解析で高い精度で早期に検出し、しかるべき機関に通報する装置を開発することも可能になるだろう。

さらに、アニメ「サイコパス」で描かれた世界のように、AIによって人間の精神状態を監視カメラでモニターすることも可能になるかもしれない。

このように、今後のAI技術の発達による教育テクノロジーの進歩によって、悪の問題が解決される可能性が期待できるかもしれない。

というわけで、諸君も、SNSに熱中するあまりにクレーマー化することなく、「けものフレンズ」などの癒し系アニメでも見ながら、日本社会が未来の価値観4.0にアップデートする日までじっくり待とうではないか!

オタクパパより愛を込めて!

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