黒歴史

数十年間ひとりぼっち!「友達ゼロ」の孤独な人生を送った男の末路

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親愛なる読者諸君!

オタクパパだ!

「おまえなあ!

 

 これ以上

 俺につきまとうの

 やめてくれないかな?

 

 正直、迷惑なんだよ!」

大学に入学して、今度こそ友達を作ろうと頑張っていたある日、私はクラスメートからこのように言われて絶望した。

 

私は、子供の頃から重度のコミュ障のためか、これまで数十年間生きてきて、

友達ゼロ

のノーフレンドな人生を送ってきた。

 

というわけで、今回は、そんな友達のいない孤独な人生を歩んできた私が、

友達ができない黒歴史と

友達がゼロになった結末

を紹介したいと思う。

クラスからひとり仲間はずれにされ続けた辛い日々

私は、子供の頃から重度のコミュ障で人とコミュニケーションするのが苦手な性格のためか、

どんなに頑張っても

まったく友達ができない

という不思議な現象に悩まされてきた。

 

よく、「ドラえもん」で、のび太が他の子供たちと一緒にゲームを遊ぼうとすると、

スネ夫

「悪いなのび太!

 このゲーム

 3人用なんだ!」

といわれて、のび太だけお断りされて、泣きながら家に帰るという悲しいエピソードがあったが、小学生の頃の私はまさしく、のび太のように

クラスメートから

一緒に遊ぶことを

お断りされる常連

だった。

 

だが、私が生まれつきコミュ障で友達ができない体質だったかといえば、そうでもなく、小学校に入学したばかりの頃の私は、むしろそれなりに友達がいた。

 

それではなぜ、友達ができなくなってしてしまったのか?

 

そもそものきっかけは、

私の兄の何気ないひと言

が原因だった。

たった1日ですべての友達を失った小学生時代

その日、私は、いつものように3人の友達と一緒に遊ぶ約束をしていた。

 

私は、友達を自宅の玄関に待たせておき、

「ちょっと待って!

 すぐに戻ってくるから!」

といって、2階の自室にカバンを取りにいった。

 

だが、再び玄関に戻ってきたとき、どういうわけか、3人の友達はみんなシーンと静まりかえって、力なくうなだれていた。

私「なんだよ、おまえら

  みんな暗い顔して

  何かあったのか?」

私が友達に尋ねると、一人がポツンといった。

友達

「おまえの兄ちゃんって

 こわいんだな・・・」

詳しく事情を聞いてみると、どうやら私が自室に戻っていた間に、1階でTVを観ていた私の兄が玄関にやってきて、

兄「おまえらな

  さっきから玄関先で

  ペチャクチャしゃべって

  うるせーんだよ!

 

  しばくぞコラ!」

と説教したらしい。

 

当時、私の兄は中学生であり、小学生の彼らからすれば、まさしく恐怖そのものだったに違いない。

 

そして、この出来事があって以来、

「あいつの家には

 こわい兄ちゃんがいる」

という噂が、小学校のクラスメートの間に広がり、いつしか私の家には、誰も寄りつかなくなってしまったのだ

 

それどころか、そのとき家に遊びに来た友達とも、どことなく気まずい関係になり、次第に会話することもなくなり、気がついたら私はクラスから孤立するようになってしまった。

 

このように、私は、兄の何気ないひと言により

たった1日で

すべての友達を失った

のだ!

 

そしてこのトラウマによって、私はコミュ障気味になり、その後

数十年にもわたる

つらい孤独人生

の始まり

にもなった。

空想の友達イマジナリー・フレンドと一緒に遊んだ日々

クラスから一人取り残された私は、さみしさのあまり、脳内で作り上げた

空想の友達

(イマジナリー

 ・フレンド)

と一緒に遊ぶ

ようになった。

 

このとき、私が作り上げたイマジナリー・フレンドは3人だった。

 

私は、それぞれのイマジナリー・フレンドに名前をつけ、彼らと一緒に楽しく会話をしながら、よくゲームをプレイして遊んでいた。

 

そんなある日、私がいつものようにイマジナリー・フレンドたちと一緒に遊んでいると、突然、兄が私の部屋の扉を開けて入ってきた。

兄「あれ?

  おまえ、いま

  友だちと一緒に

  しゃべって

  なかったか?」

そういって、兄は、不思議な顔をして、私の部屋の中をキョロキョロと見回していた。

私「ずっと一人で

  遊んでいたけど」

兄「おっかしいなあ?

  おまえ、誰かと

  楽しそうに

  しゃべっていただろ?」

私のほかに、部屋の中に誰もいないことを確認すると、兄は真っ青な顔になった。

 

イマジナリー・フレンドは、私が脳内で作り上げた空想の友達だから、兄に見えないのも当然だろう。

 

このように、私の友達は、いつも脳内に生きていたのだ。

 

その後、私は、年齢もまちまちな男女からなる

12人のイマジナリー・

フレンドを作り上げて

みんなで会議を開く

ほどになったのだが、それについては、また機会があったら語りたい。

唯一の親友を他のグループに奪われた絶望の中学生時代

絶望の小学生時代をすぎて、中学生になった私は、新しいクラスで一人のクラスメートN君と仲良くなった。

 

N君とは気があっていたのか、すぐに親しくなり、毎日一緒に昼食を食べるほどの仲になった。

 

だが、ある日のこと、N君は、クラスで一番大きなグループのリーダー格の少年から声をかけられた。

「おいN!

 おまえ、面白いやつだな!

 

 オレたちと一緒に

 昼メシ食おうぜ!」

N君は、彼から昼食に誘われ、彼らのグループに加わった。

 

私は、グループの中でチヤホヤされて嬉しそうに笑うN君を横目で見ながら、

一人さみしく

昼食を食べた

いま思えば、この体験が、私の

ぼっち飯の始まり

だったのだろう。

 

その日以来、私の食事の友は本になった

コミュ障すぎて1週間で友達に見放された高校生時代

絶望の中学生時代を過ごした私は、高校生になった。

 

私は、どういうわけか、初対面の相手からは、親しそうに話しかけられることが多い

 

彼らは、はじめは仲良くなりたいと私に話しかけてきて、一時的に友達のような状態になるのだが、しばらくすると、失望して離れていくのがつねだった。

 

私が高校一年生の頃に仲良くなった少年は、最初親しそうに話しかけてきて、一緒に昼食を食べるほどの仲になった。

 

だが、1週間もたった頃、

重度のコミュ障

の私の本性

を知って、失望して去っていた。

おそらく、

「ダメだ

 コイツとは全然

 会話がなりたたねーよ

 

 こんな無口な奴と

 一緒にいても

 ツマらねえし

 人生の無駄だ・・・

と思ったのかもしれない。

 

その後、私が絶望したのは、いうまでもない。

友達を作ろうとして拒否宣言された大学生時代

そして、孤独な高校時代を経て、大学生になった私は、自分から友達を作ろうと、クラスメートに積極的に話しかけるようになった。

 

だが、冒頭で述べたように、私の友達を作ろうとする努力は、相手から拒否されてことごとく終わってしまった。

 

絶望した私には、もはや友達を作ろうとする意欲さえ失われてしまった。

どうして

こうなった!?

小学生時代に、友達をいっせいに失って以来、まわりとの関係がギクシャクし、とうとう大学生になっても友達ができなかった。

 

もちろん、

今でも友達は

ゼロのまま

だ。

 

私は、一生友達ができない呪いにかけられてしまったのだろうか?

 

きっと私の先祖に人から恨まれた人間がいて、

「おのれえ!

 おまえの子孫を

 呪ってやる!

 

 一生友達ができない

 体質にしてやるぞお!」

とかいわれたのかもしれない(妄想)。

 

私のような人生を歩んでいたら、大抵の人は、絶望のあまり、気が狂ってしまうだろう。

 

だが、どういうわけか、

私は絶望することなく

充実した人生を

満喫している

なぜか?

 

というわけで、次は、

友達がいない人生でも

メンタルの持ち方次第

では幸福になれる

ということについて語りたい。

友達がいなくても、充実した人生を送ることができる理由

【理由1】偉人には、なぜか友達ができずに孤立していた人間が異常に多い

私は少年時代、友達ができない孤独を癒やすために、よく偉人達の伝記を読んでいた。

 

なぜなら、彼ら偉人達は、クラスメートから仲間はずれにされ、孤立した少年時代を送っていた者が圧倒的に多かったからだ。

 

嘘だと思うなら、エジソン、ライト兄弟、ニュートン、アインシュタイン、マクスウェル、メンデル、ルソー、ナポレオン、野口英世などの伝記を読んでみるといい。

 

不思議なことに、

世界を変えるほどの

大変革をなしとげた

彼ら偉人には

どういうわけか

周囲から変人扱いされて

孤立していた人間が

異常なまでに多い

のだ!

 

逆に考えると、彼ら偉人達は、偉人ゆえにまわりから孤立していたのかもしれない。

 

実際、平凡な人間と異なる発想やアイデアを発揮するような人間は、その規格外れの発想ゆえに、周囲から理解されずに孤立してしまうことが多い。

「そっか、どうせ俺は

 どんなに頑張っても

 周囲から理解されない

 規格外れの人間なんだ。

 

 それなら、かつての

 偉人達のようにとことん

 我が道を突き進んで

 生きてやろう

 じゃないか!」

このように考えると、少しは気が楽にならないだろうか?

 

また、昔のことわざに、

鶏頭となるも

牛尾となるなかれ

という言葉がある。

 

これは、牛の尾のように、大きな集団にしたがって主体性なく生きるより、鶏の頭のように、大集団に従わず、主体的に自分の意思にしたがって生きたほうがはるかにマシだという意味の言葉だ。

 

実際、Appleの創業者のスティーブ・ジョブズのような人たちを見てみるといい。

 

彼らが昔ながらの大企業の一社員として、集団にしたがって楽して生きる道を選んでいたら、はたしてあれだけの世界的な変革をなしとげることができただろうか?

 

要するにそういうことだ。

 

集団になじめず、孤立してしまうというのは、逆に考えれば、「鶏頭」のように

主体的に自分の

意思に従って生きろ

という天からのメッセージなのだ!

 

だから、そのメッセージを素直に受け取って、我が道を進んで主体性のある人生を生きようではないか!

【理由2】ネットのつながりで、同じ価値観をもった人間と出会えるようになった

ネットの発達した現代では、SNSなどのつながりがあるため、精神的に孤立することはない。

 

なぜなら、たとえ、あなたが学校や会社で孤立していたとしても、

ネットの世界では

学校や会社などの

小さな世界を超えた

全国レベルの

付き合いが可能

だからだ!

 

また、どんなにあなたが変人扱いされて周囲から孤立しているといっても、1000人に一人くらいは、あなたと同じ価値観をもち、あなたに共感する人間が存在するはずだ。

 

このように書くと、

「ちぇ、たった

 1000人に一人かよ?

 

 そんな言葉

 なぐさめにも

 ならねーよ!」

と、絶望する人もいるかもしれない。

 

だが、絶望するのは早い。

 

ここで、簡単な計算をしてみよう。

 

日本のネット人口は、2017年の時点でスマホの利用者数が6000万人を突破したという。

スマホ利用者数が6000万人を突破、50代以下の全世代で「PCよりスマホ」にシフト ―デジタルトレンド2017上半期

この6000万人ものスマホ利用者のうち、あなたと同じ価値観をもち、あなたに共感する人間が1000人に一人の割合で存在すると仮定する。

 

すると、

6000万人×(1/1000)

=6万人

という計算から、スマホの利用者であなたの価値観に共感をもつ人間は、

60,000人も存在する

ことがわかる!

 

これは、結構すごい数字ではないだろうか?

 

ぶっちゃけ

武道館の収容人数の

4倍よりも多い人数

だ。

 

それだけの人数が、あなたの価値観に共感する人として、ネットの世界に存在しているのだ。

(↓)広大なネットの世界には、下の写真よりもはるかに多い人数のあなたの賛同者・仲間が存在する。

それゆえ、たとえあなたが学校や会社で変人扱いされて孤立していたとしても、SNSやブログなどで、あなた独自の価値観をひたすら発信していれば、あなたの価値観に共感する多数の人間が必ず現れるはずだ。

 

実際、私自身、

「友達ゼロ」

というカルマ

を背負っていたため、学校では、

「アイツ

 いつも一人で

 メシ食ってるな

 

 友達いねえんじゃね?

 かわいそw

  ( ´,_ゝ`)プッ ...」

といわれ、散々な目にあった。

 

だが、それでも私は、重度のコミュ障でありながらも、

ネットのある今は

 リアルで友達がいなくても

 SNSで同じ価値観の

 人達とゆるやかに繋がった

 充実した人生を

 送れるんだよ!」

と、めげることなくブログで発信している。

 

なぜなら、リアルでどんなに孤立しようとも、

私の価値観に

共感する人間が

6万人は存在する

と、心の底から確信しているからだ!

(↓)6000万人ものスマホ利用者の中には、あなたの賛同者・仲間が必ず見つかるはずだ。

「俺には6万人もの

 理解者・仲間がいる!

 

 6万人分の勇気をもらって

 生きているんだ!」

このように考えるだけでも、あなたのメンタル面がかなり補強されることは、間違いないだろう。

【理由3】リアルで友達が少ない人間ほど、情報強者になって成功しやすい

ネットのない昭和の時代は、友達がいないということは、それだけで致命傷だった。

 

なぜなら、昔は生身の人との付き合いで情報を入手していたため、友達がいないということは、必然的に情報弱者になり、社会で生きるのに圧倒的に不利になるためだ。

 

だが、ネットの発達した現代では、どんなに孤立していても情報強者になれる

 

逆に、リアルで友達がたくさんいる人間は、友達からラクして情報をもらうことに慣れてしまっているため、情報収集に対してとかく受け身になりがちだ。

 

また、孤独な人間は、リアルな友達との表面的な付き合いに費やす時間がないため、ネットや本で貪欲に情報収集するために、持てる時間をフル投入することができる。

 

その結果、ネットの発達した現代では、

リアルで友達の少ない

人間のほうが

情報強者になりやすい

のだ。

 

よく考えてみてほしい。

 

エジソンやライト兄弟などの偉人たちは、ただでさえ集団的な価値観に染まらず、主体的な発想で新しい時代の価値観を生み出してきた。

 

その上、ネットの発達によって情報強者になれば、まさしく

鬼に金棒

ではないか!

 

また、個人主義が発達した現代では、

集団の不自由より

個人の自由のほうが

はるかに大きな価値をもつ

ようになった。

 

実際、ここ最近ネットを観測していて、

友達との付き合いが面倒

一人で自由に

生きるほうが楽

一人でも全然

さみしくない

という意見を多く見かけるようになった。

 

これこそはまさしく、個人主義の発達による価値観の変化によるものが多いといえるだろう。

 

このように、

時代の価値観は

孤独な人間に有利な方向に

どんどん進化している

のだ!

 

この歴史的な流れを止めることは、もはや不可能だろう。

 

というわけで、あなたも友達が少ない人生を送っていてもけっして絶望することなく、充実したオタクライフを存分に満喫するようにしてほしい!

 

オタクパパより愛を込めて!

 

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