黒歴史

中国でテロリストに認定され、十数人の警備員に囲まれて拘束された話【その5】

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親愛なる読者諸君!

オタクパパだ!

 

前回、上海空港で警備員に拘束されるも、誤解が解けてようやく開放された話をした。

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だが、時すでに深夜になっており、ホテルの予約もしていない私は、とつぜん現れた愛想の良さそうな謎の太った中国人から、

「ホテルを紹介する」

と誘われ、ついていくことにした。

 

そして、謎の中国人から怪しげな三輪自動車の荷台の上に載せるようにいわれ、

あたりが真っ暗の道路を走行すること約40分。

 

ようやくたどり着いた先は、

超オンボロ

ホテル

だった!!

「反日ブーム真っ盛り」の中国のホテルで恐怖に震えた夜

ところで、間が悪いことに、当時の中国は(今でもそうかもしれないが・・・)

反日ブーム

真っ盛り

ともいうべき状態で、日本人に対する風当たりがとても悪かった。

 

特に、上海は、

反日の牙城

とでもいえるほどの最悪の状況で、日本人に対するバッシングがとにかく凄まじかった。

 

当時、日本のお店が襲撃されたり、日本人の観光客が中国人の暴漢に襲われたり、日本に対するバッシングが公然と行われていた。

 

そんな最悪のタイミングで、私は上海のホテルで一夜を過ごすことになったのだ。

 

さて、超オンボロホテルの扉をおそるおそる開けて中に入った私は、思わずロビー内を見回した。

だが、すで深夜だったためか、私のほかに、旅行客らしき人は、誰一人としていなかった。

 

入り口付近であたりを見回す私の姿をめざとく見つけ、一人のホテルマンが迎えにきた。

「May I help you?

(ご用件はなんでしょうか?)

   Please come here!

(どうぞこちらへ)

丁寧な応対をしつつも、ホテルマンの目は笑っていなかった・・・。

なんか

ヤバいところに

来てしまった?

ホテルマンに案内されるままに、ホテルのカウンターまで進む。

 

カウンターでは、支配人らしき偉そうな雰囲気をまとった人物が、不気味な笑みを浮かべて待っていた。

支配人は、機関銃のように、早口の英語で何やら説明した。

(何いってんのか

 早すぎて

 わかんねーよ!)

そして、支配人は最後に

「Please deposit!

 One hundred

    dollars!

(保証金として

100ドルお預け下さい)

といって、これ見よがしに手を差し出した。

「保証金に

 100ドル!?」

最近は、日本のホテルでも一万円を切るところも多いはずだ。

 

まして、当時の物価の安い中国で、一晩の宿泊の保証金のために、100ドルも預けないといけないことに、私は当惑した。

「ひょっとして

 コイツら

 

 オレが日本人だから

 信用してねー

 のかよ?」

そう思って、私は、抗議の意味で1ドルを差し出した。

 

すると、突然、私の背後に待機していたホテルマンが、

( ´,_ゝ`) プッw

と吹き出したかと思うと、ロビーに響き渡るほど、甲高い声で笑い出した。

「あーーーー

 はっはっはっ

 はっ!!(笑)」

私は、ホテル内の異様な雰囲気に呆然とした。

「?????」

何かのジョークと思ったのだろうか?

 

私は、いくら何でも保証金に100ドルは高すぎると抗議すると、支配人はわざと周囲に聞こえるように、大きなため息をついていった。

「It's our hotel's rule!

 (これは、当ホテルのルールです)

 You want to check out now?」

(いますぐチェックアウトなさいますか?)

すると、私の後ろにいたホテルマンが大声で笑い転げた。

「アハハハっ!(笑)」

それどころか、騒がしい様子に気づいたのか、いつの間にかロビーに集まってきた他の従業員も、私を指さして一斉に笑い出した。

「あーーーー

 はっはっはっ

 はっ!!(笑)」

私はわけがわからなかった。

(いったい

 なんなんだよ!

 このホテルは?

 

 なんでこんなに

 お客に敵対的

 なんだよ?)

これほど不快な気分になったホテルもはじめてだった。

(やっぱり帰ろ!)

そう思い、振り返って扉の外を見ると、

ホテルの外は

一面真っ暗

だった・・・

げげっ!!

マジかよ!

しかも、上海空港から車で約40分もかかるような辺鄙な場所だ。

 

こんなところで道に迷ったら、もう二度と生きては帰れないような気がした。

 

選択の余地のない私は、観念して財布から100ドルを取り出すや、泣く泣く支配人に預けることにした。

 

チェックインの手続を終えた後、そばに待機していたホテルマンを見ると、勝ち誇ったような嫌らしい笑みを浮かべていた。

(最初からそうやって

 素直に出せば

 いいんだよ

 クソ日本人が!)

そう、ホテルマンの目が語りかけているような気がした。

 

ホテルマンは、ぶっきらぼうな態度で、私を部屋に案内した。

深夜のホテルのダブルルームで一人絶望した

驚いたことに、私が案内された部屋は、一人で泊まるには豪勢すぎるほどのダブルルームだった。

「そういえば

 あの支配人、

 

 機関銃のような英語で

 一方的にまくしたてる

 ばかりで、

 

 シングルかダブルか、

 部屋のタイプを

 ぜんぜん選ばせて

 くれなかったよな・・・」

やっぱり、ここって、ぼったくりホテルかよ!?

激しく

絶望したっ!

そして、ホテルマンが去った後、私はふと思った。

(やっぱり、こういう

 中国のホテルって、

 軍とか共産党に

 盗聴されている

 のかなあ・・・?)

そう思った私は、部屋の中に設置されているかもしれない盗聴器に向けて、話しかけることにした。

「ビバ! 

 マオ・ツォートン!」

 (毛沢東バンザイ!)

中国の偉い人を持ち上げる言葉をテキトーにつぶやいた。

 

こうすれば、盗聴者は、私のことを模範的な精神的中国人と認め、私への評価がポジティブな方向に変わるかもしれないと思ったからだ。

 

3回ほど毛沢東への称賛アピールの言葉を話しかけた後、私は、部屋の中を見回してみた。

 

ふと、ダブルベッドの脇を見ると、ご丁寧にゴム製の避妊具が置いてあった。

ダブルルームに男一人だけ泊めておいて、

何かの嫌がらせ

かよ!?

私は、別の意味ではげしく絶望した。

 

部屋のコーナーを見ると、一台のテレビが設置してあった。

 

私は、なにか貴重な情報が得られるかもしれないと思い立ち、リモコンを手に取ってテレビをつけた。

すると、画面に中国のドラマらしき映像が映し出された。

「あれ、ドラマ

 やってるぞ!」

私は、中国ではどんなドラマをやっているのか、興味をもって見ることにした。

 

だが、私の期待に反し、ドラマの内容は最悪だった。

 

なぜなら、そのドラマは、

旧日本軍の軍服を着た

高圧的ないかつい将校が

怒鳴り声をあげて

中国の善良な村人達に

日本刀を大上段に

振りかざして

威張り散らしている

抗日ドラマだった

からだ・・・。

これがさっきのロビーでの殺伐とした雰囲気の元凶だったのかよ?

激しく

絶望した!

助けを求めて同僚にメールを送りまくった夜

そのとき、私はあることを思い立ち、ポケットに入っていた携帯を取り出した。

 

上海空港で私を置き去りにしたあげく、日本に帰っているであろう同僚たちに助けを求めようと思ったからだ。

「タスケテ・・・

 もうダメポ・・・」

噂によると、中国では、共産党により、ネットも完全に検閲されているという。

 

その噂が本当ならば、助けを求めるメールを送っても無駄に終わる可能性が高い。

 

そのため、この助けを求めるメールが、同僚たちに届くかどうかも分からず、私にとっては一種の賭けだった。

「ううっうぅうう!!

 

 俺の想いよ

 日本へ届け!!

 

 ハルケギニアの

 ルイズへ届け! 」

そう、そのときの私は、反日ムード満載のホテルに宿泊する恐怖のあまり、

なかば精神を

病んでいた

のかもしれない・・・。

あたり一面、畑に囲まれた「ど田舎ホテル」に度肝をぬいた朝

翌朝、目を覚ます。

「あ、オレ生きてる・・・」

昨夜、中国の警察に突然逮捕され、強制収容所で一生を終える悪夢を見ていただけに、何事もなかったということが奇跡のように感じられた。

 

思わず身の周りの品を確認する。

 

だが、なにも盗まれていなかったので安心した。

 

私はおそるおそる部屋の扉を開けて廊下に出た。

 

あたりは静まりかえっていた。

 

ロビーに降りて、急いでカウンターに向かう。

 

だが、まるで昨夜の出来事がウソのように、スムーズにチェックアウトできた。

 

また、保証金の100ドルもすんなり返してもらえたので、思わず拍子抜けした。

「やっぱり、昨夜の

 『ビバ!毛沢東作戦』

 が効いたのかなあ?」

中国のホテルで共産党に監視されそうになった人は、『ビバ!毛沢東作戦』を試してみるといいかもしれない。

 

ホテルをチェックアウトすると、例の太った中国人が待機していた。

「Good morning, Sir!

  (おはよう旦那)

  Are you fine? 」

(調子はどうですか?)

めっちゃ気分

悪かったわ!

そして、帰りもまた、三輪自動車の荷台に乗ることになった。

 

どういうわけか、帰りの客も、

私ひとりだけ

だった・・・。

 

太った中国人が運転手に出発するよう命令する。

 

昨夜は、真っ暗闇で周囲の景色がまったく見えなかったが、あらためて周囲の景色を見ると、見わたすかぎり、一面の畑が広がっていた。

え?

こんなど田舎のホテルに

宿泊していたのかよ!?

日本でいえば、「となりのトトロ」の時代のような、昭和初期の光景という感じだろうか。

「やべえ!

 こんなところで

 道に迷ったら、

 もう絶対に

 帰れねーわ!」

私は思わず戦慄した。

上海空港で写真を撮ろうとして、全力で阻止される

やがて、上海空港に着いた。

 

カウンターで、約束どおり航空機のチケットを手配してもらう。

 

そして、日本行きの航空機に乗り込んだとき、私はようやく安堵のため息をついた。

「ああ! 

 

 これでようやく

 日本に帰れる!

 

 ここまで本当に

 長かった!」

やっと日本に帰れるうれしさで、私は思わず涙を流した。

そのとき、私の隣の席にいた40代くらいの商社マン風の日本人のオッチャンが、まるで宇宙人か何かを見るような不思議そうな顔をして、私に話しかけてきた。

「おい、兄ちゃん!

 

 涙なんか流して

 どないしたんや?

 

 そんなに日本に帰る

 のが恋しいんか?

 

 ほんま

 変なやっちゃな!」

オッチャンから思わずドン引きされるほど、私は嬉しかったのだ。

 

私は、喜びのあまり、空港の写真を撮ろうとした。

航空機の窓から空港にカメラを向ける。

するといきなり、隣の席に座っていた商社マンのオッチャンからカメラを取り上げられた。

 

「ちょっと、何をすんだよ?」と、思わずオッチャンを見返すと、オッチャンは恐ろしい形相で言った。

「アカン!

 ダメダメ! 

 

 こんなところで

 写真を撮っちゃ!

 

 アンタ捕まるよ!

 

 この辺、中国軍の

 飛行機とかあるかも

 しれへんし

 

 とにかく兄ちゃん

 エライ目にあうで!」

そういって、オッチャンは

(さっさと

 カメラを隠せ!)

と、私にジェスチャーをした。

 

オッチャンの話によると、その当時の中国では、

何気なく撮った写真に

政府や軍の施設が

映っていたため

スパイと間違えられて

中国当局に拘束され

帰ってこない日本人が

たくさんいた

そうだ・・・。

写真一枚撮っただけで日本に帰ってこられないって・・・。

中国マジ

こえーよっ!

もーイヤっ!

こんな国っ!

【後日談】コミュ障はつらいよ・・・

突然のストライキから始まったトラブルによって、上海空港でテロリストに間違われて十数人の警備員に拘束されそうになっただけでなく、反日ムードまっさかりのホテルで一夜を過ごすことになった私だが、なんとか日本に帰還することができた。

 

異国の地でたった一人、長時間にわたる絶望を味わったものだが、なんとか生きて帰ることができた私は、再び日本の地を踏めたことの喜びをかみしめた。

 

ところで、次のような疑問を抱く人もいるかもしれない。

「おまえさ、

 携帯かなにか

 もってたんだろ?

 

 それなら、なんで

 日本の同僚に助けを求めて

 連絡しなかったんだよ?」

その疑問はもっともだ。

 

上海の反日ホテルでどんな目に遭わされるかもしれないという恐怖を感じた私は、ホテルの部屋の片隅で、必死で助けを求めるメールをうち、日本の上司や同僚たちに連絡した。

 

だが、どういうわけか、

メールの返信が

ゼロだった!

のだ。

 

そのとき、私は

「やっぱり

 中国共産党の

 検閲に引っかかって

 メールが届かなかった

 のかな?」

と思っていたのだが、月曜日に出勤したとき、真相が明らかになった。

 

なんと、私の上司や同僚たちは、

誰一人として

私が上海の空港で一人

置き去りにされたことを

知らなかったのだ!!

な、なんだってーーーっ!

 

実際、私が上海の空港に置き去りにされた話を同僚たちにしたところ、彼らはみんな驚いた顔をして、

同僚A

「え? おまえ、

 同じ飛行機で

 帰ったんじゃ

 なかったのかよ?」

同僚B

「でも、

 いわれてみると

 オタクパパって

 あのとき

 同じ飛行機に

 いたっけ?」

同僚C

「あれ?

 オタクパパさん

 てっきり先に

 帰っていたのかと

 思っていました

 ・・・

要するに、彼らはみんな、私が同じ飛行機に乗って一緒に帰り、一足先に帰ったものと思い込んでいたらしい・・・。

 

不可解なことに、私が上海の空港でテロリストに認定され、10数人もの中国人の警備員に囲まれて拘束され、日本語が堪能な中国人の係員相手に交渉して没収されたワインを取り返し、深夜の上海空港で怪しげな太った中国人のオッサンに目をつけられて、ど田舎の抗日ホテルに連れて行かれ、反日ムード真っ盛りの状態でたった一人、助けを求めるメールを必死で書いている間も、

私の存在は

完全に忘れ

去られていた

のだ!!(泣)

私はコミュ障のあまり存在感がなさすぎるのか、いつも座敷わらしか、妖怪のぬらりひょんのように、気づかれないで放置されることが多かった。

 

これも

ぼっちの宿命

いや、

コミュ障のカルマ

とでもいうべきなのだろうか?

激しく

絶望した!

もうイヤっ!

こんな日本っ! 

中国絶望記(完)

オタクパパより愛を込めて!

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