本物の密教僧の世界を描いた実録漫画が怖すぎるほど凄い!【密教僧 秋月慈童の秘儀 霊験修法曼荼羅】

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親愛なる読者諸君!

オタクパパだ。

あなたは、霊能力や霊界の存在を信じるだろうか?

「霊能力?

 そんなの嘘っぱちに決まってるだろ!」

科学の発達した今となっては、このように考える人も多いかもしれない。

また、そのような現代人の考えを裏付けるように、幽霊の正体は、実は脳が作り上げた幻覚だった、というスイスの学者による研究もあるほどだ。

参考

それでは、神や仏の存在も、同じく人間の脳が作り出した妄想の産物なのだろうか?

「この21世紀の科学の時代に、神や仏などいるわけないだろw」

「神や仏なんて、想像力のたくましい昔の人間が創り出した妄想だよw」

だが、実をいうと、この国では未だに、神や仏がリアルに生きている世界が存在する。

その世界とは、密教の世界だ!

というわけで、今回は、本物の密教僧の驚くべき世界をリアルに描いた衝撃の実録漫画「密教僧 秋月慈童の秘儀 霊験修法曼荼羅」を紹介したい。

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密教僧の実録漫画「霊験修法曼荼羅」とは

Amazonリンク 密教僧 秋月慈童の秘儀 霊験修法曼荼羅 1 (HONKOWAコミックス)

「密教僧 秋月慈童の秘儀 霊験修法曼荼羅」とは、永久保貴一(ながくぼ たかかず)先生による密教実録漫画だ。

永久保貴一先生といえば、「カルラ舞う!」シリーズでご存じの方もいるかもしれない。

今やスピリチュアル漫画界では、その名を知らない者はいないほどの草分け的な存在だ。

その永久保先生が、朝日新聞出版の「HONKOWA」コミックスから2012年9月〜2015年にかけて出版した漫画が、この「密教僧 秋月慈童の秘儀 霊験修法曼荼羅」(以下、「霊験修法曼荼羅」)シリーズである。

ここで、密教について詳しく知らない人もいるかもしれないので、簡単に紹介しておこう。

密教と仏教の違い

密教と仏教とは、何が違うのだろうか?

密教は、仏教の一派であり、秘密仏教の略称といわれる。

その名の由来の通り、密教は、言葉で伝えることのできない秘密の教えだ。

密教は、今から1,200年以上も前に、遣唐使として唐に留学したエリート僧である弘法大師・空海と伝教大師・最澄により日本に伝えられた。

密教僧は、真言(マントラ)を唱え、手で印契(いんけい)を結ぶことで、神仏のパワーを借り、さまざまな不思議な術を駆使するのだ。

「霊験修法曼荼羅」の凄いところ

「霊験修法曼荼羅」が凄いのは、現役の密教僧に直に取材して、秘められた密教の世界をリアルに描いた点だ。

そして、上の表紙のイケメン僧侶が、この漫画の主人公である秋月慈童(あきづき じどう)である。

秋月慈童は、若干14歳で出家し、祟りや呪い、怨霊騒ぎを引き受ける神通力の強いエキスパートクラスの僧侶だけが集まる、滝上慈光(たきがみ じこう)の一門に所属する一流クラスの霊能力をもった密教僧だ。

永久保先生は、この秋月慈童とのインタビューを通じて、これまで隠されていた密教僧の世界を明らかにしたのだ。

ここでは、「霊験修法曼荼羅」の魅力を知ってもらうべく、本筋のストーリーについてネタバレにならない程度に、本漫画のエピソードのほんのさわりを紹介したいと思う。

「霊験修法曼荼羅」の魅力に迫る!

【魅力1】神や仏の存在がリアルに生きる密教の世界

実は、この漫画、第一話目からかなり怖い

第一話は、九州のとあるお寺で代々開けてはいけないといわれてきた、いわく付きの厨子(ずし。二枚扉の開き戸がついた物入れ)の話から始まる。

先代の住職は、お寺の檀家の総代表に厨子の中身を見せてくれと頼まれたとき、

「いや これはある大名さんが拝んでいたもので

 いわくがあってちょっと怖いんだよ」

と言われ、決して開けることはなかったそうだ。

だが、住職が替わり、厨子を開けてはいけないという禁を破り、厨子の中に収められていた、とある仏像(*注1)の姿見てしまう。

そして、恐ろしいことに、その数日後に、総代が亡くなったのだ!

(*注1)とある仏像
ブログで具体的な神名を記したら、祟られそうな嫌な予感がするため、ここでは、御神名を省略させてもらう。

前の総代が亡くなった後、新しい総代が決まったものの、また住職が厨子を開けて総代に見せてしまう。

結果的に、檀家の総代表3人と住職2人の計5人もの人間がわずか3年で立て続けに亡くなったのだ。

途方に暮れた人々は、祟りや呪い、怨霊騒ぎを専門に引き受ける神通力の強い僧侶だけが集まった一門である滝上一門を迎え入れる。

(↓)滝上一門。右端の密教僧・秋月慈童(あきづき じどう)がこの漫画の主人公の密教僧である。

引用「霊験修法曼荼羅」永久保貴一

その後、どうなったのかについては、ネタバレになるため、続きが気になる方は、原作を読むことをオススメする。

だが、一つ言えるのは、密教の世界にはいまだに、その姿を見ただけで、命を失ってしまう仏像がリアルに存在するということだ。

そのため、私は、第一話を読み終わった後、しばらくの間、祟りの原因となった神の姿が頭の中から離れず、悶々として眠れない夜を過ごしたものだ。

だが、それにもかかわらず、「霊験修法曼荼羅」は、一度読み出したら止められない不思議な魅力をもった漫画といえるだろう。

【魅力2】読者目線で描かれた不思議な現象

さて、この漫画のモデルとなった秋月慈童だが、最初のインタビューから不思議な言動で永久保先生を戸惑わせる。

例えば、永久保先生とのインタビューの最中に突然、

「あれ 荼枳尼(だきに)さん(*注1)が呼んでますね」

と言い出して席をはずし、なぜか、豊川稲荷の荼枳尼天の像を持ってくるのだ。

(*注2)荼枳尼
仏教の神であり、夜叉の一種とされる。

秋月慈童が持参した荼枳尼天の像を見て、永久保先生は仰天する。

というのも、永久保先生は、昨年、他誌で豊川稲荷の平八狐にからめた漫画の原作を書いており、そのとき荼枳尼天について間違った設定を漫画家に指示したのだが、どういうわけか、漫画家に2回とも指示を無視されてしまったという経緯があったのだ。

そのときの奇妙な体験を思い出した永久保先生が

「まさか 荼枳尼天は俺の間違いが世に出ないようにしてくれた!?

と、不思議に思っていたところ、秋月慈童は意味ありげに荼枳尼天の像を持ちながら、

ちゃんと教えてあげてって言ってますよ」

と、荼枳尼天の言葉を伝えるのだ!

(↓)偶然の一致とは思えない不思議なシンクロニティに半信半疑の永久保先生に対し、荼枳尼天の言葉を伝える秋月慈童。秋月慈童の体験だけでなく、原作者である永久保先生自身の実体験をも描くことで、読者は思わず、神仏の生きた世界に引き込まれてしまう。「霊験修法曼荼羅」がリアルに怖いのは、このような永久保先生自身の体験談が多く描かれているためともいえる。仮に、この漫画が、秋月慈童のエピソードのみから構成されていたら、「へーえ、このお坊さん、すごいんだねw」程度の軽い感想のみで、ここまで怖くは感じなかっただろう。このように、永久保先生は、読者目線で実体験を描くことで、密教世界をリアルに描き出すことに成功しているのだ。

引用「霊験修法曼荼羅」永久保貴一

このように、「霊験修法曼荼羅」を読んだ読者は、神仏の世界と人間の世界とが奇妙に繋がっており、生きた神仏の存在を否が応でも実感せざるをえなくなるのだ。

【魅力3】偶然の一致を超えた不思議なシンクロニティ

この不思議なシンクロニティは、なんと永久保先生の自宅にまで及ぶ。

例えば、永久保先生が1話目を描こうと、25年間分それまで漫画に使った写真やコピーが雑然と入った押入れを目の前にして、

「慈童さんのマンガの資料にお寺の中の写真がほしい

 皿屋敷の資料がいいな」

と思ったとたん、すっと手が伸びて、数多くの資料の中から15年前の資料をなぜか一発で引き当てたということがあったそうだ。

また、10年前に一度読み切りで使った4枚の海岸の資料も一発で引き当てたという奇跡的な体験もしたそうだ。

もちろん、それだけでは、単なる偶然の一致と思われるかもしれない。

だが、その後、永久保先生は、家の中がやけにシンとして涼しく、まるで神域の中にでもいるような気分であることに気づく。

不思議に思っていると、霊感体質をもった奥さんが慌てて掃除機を持ち出してきて、

家の中掃除しなきゃ

 神様が来てる……」

と言い出したのだ!

(↓)不思議なシンクロニティは、なんと永久保先生の自宅にまで及ぶ。突然の霊的な訪問者を視て驚いた霊感体質の奥さんが永久保先生に語りかけるシーン。永久保先生の個人的な体験が、奥さんの視ていた世界と繋がった瞬間だ。このとき、「え! 何が起こったんだ!?」と読者の思考は一瞬停止する。その後、驚くべきエピソードが明らかにされるのだ。

引用「霊験修法曼荼羅」永久保貴一

不思議に思った永久保先生が、奥さんにどんな神様か来ているのか尋ねてみたところ、なんと奥さんが視たという神の姿は、まさしくこれから永久保先生が描こうとしていた神の特徴と一致していたのだ!

さらに、このエピソードには後日談がある。

後に、永久保先生が秋月慈童を訪ねた際、

「前回のマンガを描いている時…いろいろと不思議なことが起こったんですけど…」

と切り出して、このときの体験を話そうとしかけたところ、

「はいはい

 神様たち 遊びに行ったようですね

 でも何も困るようなことはなかったでしょう?」

と、全てを了解したような澄ました顔で、秋月慈童は微笑んだのだ!

(↓)全てを見通したかのように微笑む秋月慈童。永久保先生の不思議な体験と、奥さんの視た霊的なビジョンと、秋月慈童の言葉の3つが1つに繋がった瞬間である。この奇妙なシンクロニティが読者を摩訶不思議な密教の世界にトリップさせるのだ。

引用「霊験修法曼荼羅」永久保貴一

1人の人間が、不思議な体験をしただけでは、単なる偶然の一致か妄想と片付けられるだろう。

だが、このエピソードでは、永久保先生の体験と、先生の奥さんの視た霊的なビジョンと、秋月慈童の言葉の3つが奇妙なシンクロニティをなしているのだ。

そして、それまで単なる妄想と思われていた神仏の世界が現実世界とが繋がった瞬間に、読者は思わず、身の毛のよだつような恐怖を感じるのである。

【魅力4】スピリチュアル的な蘊蓄話が面白い

ところで、永久保先生は、気功でお酒の味を変えることができるそうだ。

永久保先生によると、美味しい日本酒を思い浮かべながら、お酒に手かざしをして自分の気をお酒の中に入れることで、お酒の味を変えることができるらしい。

(↓)気の力を使って、お酒の味を変える永久保先生。このように「霊験修法曼荼羅」は、密教僧のエピソードの他に、気などスピリチュアルに関する蘊蓄話が大変興味深く紹介されていて、スピリチュアル的な読み物としてもとても面白いのだ。秋月慈童の語るエピソードと、永久保先生自身の体験談と、スピリチュアルに関する蘊蓄話の3本柱がバランス良くまとめられていて、読者を飽きさせない構成は見事というほかない。

引用「霊験修法曼荼羅」永久保貴一

だが、永久保先生によると、この方法は自分の大切な生きるための気(生命エネルギーのようなもの?)を使っているため、やりすぎると身体がだるくなって疲れてくるそうだ。

永久保先生は印を組んで酒の味を変えるそうだが、秋月慈童も気の力で日本酒の味を変えることがあったそうだ。

しかしながら、「霊験修法曼荼羅」において、永久保先生は、真言と印を隠して描いている。

なぜなら、密教では、これを明かすことは大罪であり、また、素人が下手に真言や印を練習して呪力が発動してしまうと、命にかかわることもあるからだ。

(↓)「霊験修法曼荼羅」では、永久保先生は、真言と印を隠して描いている。現役の密教僧が監修しているだけあって、読者に危険が及ばないよう最大限の注意を払っている点も、この漫画を安心して読むことのできる証といえるだろう。また、本漫画では、真言や印をこっそり練習した素人が危険な目にあったエピソードも描かれている。

引用「霊験修法曼荼羅」永久保貴一

【魅力5】秋月慈童の魅力的なエピソードの数々

ところで、「霊験修法曼荼羅」の主人公である秋月慈童は、一体何者なのだろうか?

ここで、秋月慈童の生い立ちについて、漫画のエピソードをもとに、ごく簡単に紹介しておこう。

秋月慈童の母方の実家は、東北の片田舎にあり、家の敷地の中に、蛇やフクロウ、キジ、狐の巣があるだけでなく、熊も生息するほど広かったそうだ。

少年時代の秋月慈童は、夏にその家でひと月ほど過ごしていたそうだが、家の敷地内の木の上に天狗が立っているのを目撃したこともあったという。

戦後にもなって天狗とは、にわかに信じられない話だが、秋月慈童は、3歳頃から霊的な存在を見始めたそうだ。

呪われた一族

また、驚くべきことに、秋月慈童の一族は呪われているそうだ。

秋月慈童の祖父によると、彼の一族は、3代に一人、術を使う人間が必ず生まれ、その者は僧侶や神官などの職業につくが、その職業についた者はみな28歳で亡くなるという。

一族の呪いを受ける役目を持った術者は過去6代まで遡ることができ、秋月慈童はちょうど、その7代目に当たるそうだ。

(↓)秋月慈童の一族につきまとう過酷な運命。彼の類いまれなる能力は、一族の呪いを受けたせいなのか? このエピソードからも、秋月慈童が只者ではないことが分かる。

引用「霊験修法曼荼羅」永久保貴一

霊能力の目覚めに悩まされた少年時代

秋月慈童は5,6歳の頃、祖父によって霊視能力を封じられるが、中学生になってまた封印が解かれ、さまざまな霊的な存在を見始めるようになる。

例えば、体育祭の練習のときに、「助けて」という叫び声とともに、地面の中から伸びるたくさんの手に引きずり落とされたこともあるそうだ。

当時の彼は、目の錯覚と思っていたそうだが、後で聞いたら、彼の通う中学校は、戦前の防空壕の跡地の上に建てられたものであり、落盤事故で何人も亡くなっている場所だったのだ。

また、近所の駅で電車を待っていたとき、ホームに向かってくる電車にいきなり飛び込む男の霊を見たり、戦時中にいろいろあったといわれる学校から家への帰り道に地面からたくさんの手が出て彼の足につかみかかることもあったそうだ。

また、電柱にしがみついている女性の霊を見たので、その辺で何か無かったか母親にあとで尋ねたところ、そのあたりの寮に住んでいた看護師が通り魔にやられたことが実際にあったそうだ。

また、秋月慈童は霊に憑かれやすい体質だったらしく、霊に憑かれて命を落としそうになり、危うく守護霊に助けられることもあったそうだ。

生まれつきの霊媒体質に悩まされた秋月少年は、お祓いをしてもらうべく、後に師匠になる滝上慈光(たきがみ じこう)と運命的な出会いを果たす。

その後、「霊験修法曼荼羅」には、密教僧になるべく、厳しい修行を受ける秋月慈童のエピソードも余すところなく描かれているが、修行のエピソードもとても面白いので、興味のある方は、原作を読んでみることをオススメする。

【魅力6】漫画のコマに「霊」が宿るほどの迫真の絵

ところで、「霊験修法曼荼羅」には、漫画のストーリー上、霊や神様が描かれていることも多いが、本ブログでは、霊や神様の絵を引用することをあえて避けている

なぜか?

秋月慈童によると、永久保先生の絵には、霊が入りやすいそうだ。

以下、秋月慈童の言葉を引用しよう。

「このコミックスの最後に出てくる電柱の所にいる女の人

 みごとに入っていましたね

 もう あの人電柱にはいないですよ

 私のお寺は結界が張ってあるので

 普通はおばけは中に入れません

 ところが…このマンガの下描きが

 メールで送られてきたので拝見してました…

 そしたら画面がモヤモヤする…

 ふっと橫をみたら

 立ってるんですよ あの女の人が…

引用「霊験修法曼荼羅」永久保貴一

(強調は筆者による)

(↓)秋月慈童によれば、永久保先生の描いた絵の中に女性の霊が入り込み、ネットを通って移動し、すぐ橫に立っていたそうだ。

秋月慈童によれば、気や念、霊などは電磁波であり、ネットや電話、FAXなどを通って結界の中まで入ってくるそうだ。

この話を聞いて、

「そうか パソコン使うと結界やぶりができるんだ…」

としきりに感心する永久保先生に対し、秋月慈童は、

マンガの話じゃなくて実際の話なんですよ

 なんか対策を考えないと…」

と、たしなめている。

このように、「霊験修法曼荼羅」は、読むだけでもかなりヤバい漫画なのだ!

それゆえ、ネットを通じて、あなたのスマホやPCの中に侵入した霊が、あなたの隣に出てくる可能性も十分に考えられるため、本ブログでは、永久保先生が描いた霊や神様のコマを引用しないようにしている

【魅力7】読者自身とり憑かれそうになる面白さ

ここで、ひょっとすると、

「じゃあ、なんでそんなにヤバい漫画をブログで紹介するんだよ!」

と、怒られる方もおられるかもしれない。

もちろん、私もあまりに恐ろしいので、この漫画だけは絶対に紹介するまいと思っていた。

だが、どういうわけか、ある日、何かに憑かれたように、私の指が勝手にキーボードを叩き出し、なぜかこの漫画の紹介記事を書いてしまうはめになってしまったのだ!

本来は、ローテションからいって、いつものようにアニメジャズのレビュー記事か、オピニオン系の記事でも書こうと構想を練っていたのだが、不思議なことに、PCの前に座ったとたん、この漫画の完成された紹介記事が、私の心の中に浮かび上がってきたのだ。

「あれ? 心の中に記事が出来てる! 

 あとは、この完成された記事をそのまま丸写しすれば、楽勝じゃん!」

そう思って、心の中の記事を読みながら、ひたすら本ブログに模写していたら、いつの間にか、この「霊験修法曼荼羅」の紹介記事が完成していたのだ!

また、不思議なことに、欲を出して面白そうな他のエピソードを追加で書いてやろうと、心の中にない記事を勝手に書き始めたら、どういうわけか、それまでキーボードを流暢に叩いていた指が、まるで金縛りにあったかのようにピクリとも動かなくなったのだ!

「え!? これって・・・

 書いてはいけないエピソードだったのか!?」

このように、自分の意志に反するような出来事が、記事を書いている最中に何度も起こったため、さすがの私も驚愕した。

それゆえ、本記事は、自分が書いたというより、何者かに書かされたといったほうが正確かもしれない。

(↓)この紹介記事を書いている最中、オタクパパは、見えない大きな力にブログを書かされているような不思議な錯覚に何度も陥った。

なお、永久保先生によると、今は隠されていたものが表に出て来る星まわりだそうだ。

ひょっとすると、漫画を読んでいる最中に、漫画の絵の中に入っていた霊的な存在の気の力を受けてしまい、「霊験修法曼荼羅」の隠された秘密を世の中に広めるべく、無意識のうちに使われてしまったのかもしれない。

このように、「霊験修法曼荼羅」は、読む前に覚悟のいる漫画なのだ!

秋月慈童は本物の霊能者か?

以上、「霊験修法曼荼羅」の7つの魅力を紹介した。

「霊験修法曼荼羅」の読者は、神や霊がフィクションではなく、我々人間と同じ、心をもった生きた実在として実感せざるを得なくなる。

その一方で、「霊験修法曼荼羅」には、天狗やタヌキの霊などが当然のように出てくる。

現代人の感覚からすれば、天狗やタヌキの霊の存在などはにわかに信じられない者も多いかもしれない。

秋月慈童の視ている世界は妄想なのだろうか?

彼は本物の霊能者なのだろうか?

これを判断する材料は2つある。

1つ目の判断材料として、密教には、三昧耶戒(さんまやかい)と呼ばれる戒律がある。

この戒律には、

嘘をついてはならない(不妄語)

と、はっきりと記されている。

それゆえ、仮に、秋月慈童のエピソードが嘘であるなら、彼は密教僧として、三昧耶戒の戒律を破っていることになる。

だが、彼が本当に現役の密教僧であるなら、三昧耶戒の戒律により、嘘をついてはいけないため、秋月慈童のエピソードはすべて真実ということになるだろう。

また、2つ目の判断材料として、「霊験修法曼荼羅」の巻末には、秋月慈童自身のコメントが載っている。

このコメントを読むと、秋月慈童は、謙虚で誠実な人柄をもった人物であることをうかがい知ることができる。

これらのことから、秋月慈童はインチキ霊能者などでなく、本物の霊能者のように思われるのだが、その真偽のほうは定かではない。

いずれにせよ、秋月慈童の霊能力の真偽については、あなた自身、実際に漫画を読んで判断してほしい。

【まとめ】秋月慈童の「究極の教え」とは

最後に、秋月慈童の「究極の教え」を紹介して、締めくくることにしよう。

秋月慈童の究極の教えはシンプルかつ奥深い。

その教えというのは、

自分を存在させてくれているすべてのものに

感謝できるようになる

それだけだ!

(↓)秋月慈童の究極の教えはシンプルだ。だが、この言葉から明らかなのは、密教の世界においては、まさしく「感謝の念」こそが人間のお金に匹敵するほど価値のあるものだということだ。それゆえ、「霊験修法曼荼羅」は、密教の哲学書として読んでも示唆に富んでいて、意外と奥深いのだ。

引用「霊験修法曼荼羅」永久保貴一

というわけで、キミたちも、アニメやゲームや漫画など、オタク文化のネタ元の源泉ともいえるスピリチュアル世界の奥深さを認識し、漫画のコマに宿った2次元美少女(美男子)神を愛でつつ、この日本に豊かなオタク文化を生み出した2次元の神に心の底から感謝して、充実したオタクライフを存分に満喫してほしい!

オタクパパより愛を込めて!

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